日々読書メモ

大学で受けた授業をきっかけに太宰治を好きになりました。最近はもっぱら太宰です。自分が読んだ本の紹介(ネタバレ有)、感想、考察等書いてます。もちろん太宰以外でも書きますよ(^^)京都が好きなのでそれについても書いてます。

「駆け込み訴え」を読んでみた

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こんにちは(^^)

 

今回は太宰治「駆け込み訴え」について書きたいと思います。

 

この話、タイトル通りある男が駆け込みひたすら訴える話です。

 

では何を駆け込み訴えたのか?

 

申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。

 

「私」は「旦那様」に「あの人」はなんとも酷い奴で生かしておけない。殺して欲しいと頼みます。

 

「あの人」は「私」と同い年の筈なのにこんなに差がある。人間は本来平等のはずなのにと必死に訴えます。

 

これだけ聞くと嫉妬して逆恨みしてるキチガイにしか見えませんが、もっと重くて思っている以上に「私」はヤバイ奴です。

 

話を聞くところによると「私」は「あの人」にさんざんこき使われて意地悪されていたそう。

しかも「あの人」については、

 

あの人は、なんでもご自身で出来るかのように、ひとから見られたくてたまらないのだ。ばかな話だ。世の中はそんなものじゃ無いんだ。

 

と言う始末。よっぽど「あの人」が嫌いなんでしょう。

 

しかもどうやら「あの人」は人からたいそう慕われておるらしく、「私」以外の弟子たちも皆懐いています。

 

しかし如何せん見栄っ張りな「あの人」はお金もないのに「ここにいる全員に食べ物を分け与えてあげなさい」とか無茶ばかり言います。

「私」は「あの人」の為に必死にやりくりしました。

 

私はあの人に説教させ、群集からこっそり賽銭を巻き上げ、また、村の物持ちから供物を取り立て、宿舎の世話から日常衣食の購求まで、煩をいとわず、してあげていたのに、あの人はもとより弟子の馬鹿どもまで、私に一言のお礼も言わない。

 

「私」はこれだけやっても感謝の一つもされない自分への仕打ちに耐え難く「あの人」を殺してくれと訴えたのです。

 

ところが、「あの人」の悪口を散々言っていた「私」が、途中からおかしなことを口走ります。

 

私はあなたを愛しています。ほかの弟子たちが、どんなに深くあなたを愛していたって、それとは較べものにならないほどに愛しています。誰よりも愛しています。

 

「私」は突然「あの人」のことを愛していると発言するのです。

 

「あの人」について行ったところで自分に一文の得もないけど、彼への愛だけでついていける。

 

「あの人」が死んだら「私」も死ぬ。

それくらい重い愛を持っていると言います。

 

私は、なんの報酬も考えていない。あの人について歩いて、やがて天国が近づき、その時こそは、あっぱれ右大臣、左大臣になってやろうなどと、そんなさもしい根性は持っていない。(中略)私は今の、此の、現世の喜びだけを信じる。次の世の審判など、私は少しも怖れていない。

 

「私」は「あの人」は嘘つきで見栄っ張りなどうしょうもない人間だがあの人を誰にも渡したくない。

誰かに渡すくらいなら自分が殺す。

そこまで言っています。

マジでヤバイ奴です。

もうクレイジーサイコホモです。

 

「私」によると最近の「あの人」は浅薄な行動を取り見ていられないほど酷くなってしまったそう。

 

ばかだ。身のほど知らぬ。いい気なものだ。もはや、あの人の罪は、まぬかれぬ。必ず十字架。それにきまった。

 

そんな「あの人」はもう見ていられない。

こうして「私」は「あの人」を殺すと決めたのです。

 

ですが、やはり「私」は「あの人」を心の底から愛していますから、何度も考え直しました。

 

しかし、皆で食事をしていたある日、「あの人」が言ったのです。

 

「お前たちの一人が、私を、売る」

 

そう言った「あの人」は「その人物は生まれてこなかった方が良かった」と言い、一つまみのパンを与えました。

 

それが「私」だったのです。

 

「私」は「あの人」と永遠に分かち合うことが出来ない。

こんな思いをするなら殺してしまおう。

 

こうしてやっと決心がついたのです。

 

もう、もう私は我慢ならない。(中略)私を今まで、あんなにいじめた。はははは、ちきしょうめ。

 

そして「私」は銀三十を貰います。

 

私は所詮、商人だ。(中略)私は、ちっとも泣いてやしない。私は、あの人を愛していない。はじめから、みじんも愛していなかった。(中略)私は、金が欲しさにあの人について歩いていたのです。おお、それにちがい無い。

 

商人である「私」は銀三十で「あの人」を売りました。

「金、世の中は金だけだ。」と言い、とうとう「あの人」を売ってしまったのです。

 

そして最後に名前を聞かれた「私」は名乗ります。

 

はい、はい。申しおくれました。私の名は、商人のユダ。へっへ。イスカリオテのユダ

 

 

…これ気づく人は早い段階から気づいてたと思います。

私も割と中盤で気づいたんですが。

そうです。これは

イエスキリストを祭祀たちに銀三十で売った裏切り者、ユダの話だったのです。

 

振り返ってみると色々ヒント(?)は出てますよね。

十字架だったり最後の晩餐だったり天国だったり…本文では弟子達の名前(ヤコブ、ペテロ、ヨハネ)も出ています。

 

この作品の何が面白いって、世界三大宗教であるキリスト教を堂々と風刺していることです。

 

イエスキリストは素晴らしい神の子として今でも世界中に知れ渡り信仰されていますが、ここでは見栄っ張りで情けなく、どうしようもないただの人間としてユダ視点で描かれています。

 

なんとなくカラーで言うと、普通キリストが白でユダが黒なイメージですが、ユダ視点で描くことによってイエスキリストは果たして本当に白なのか?と問われているように思いました。

 

太宰は何かキリスト教に思うところでもあったのでしょうか?

それともただ視点変えたら面白そ〜って感じで書いたんですかね?

 

そのへんまた考察していきたいな〜と思います(^^)

 

この話も短くてすぐ読めたのでオススメです!

 

ネタバレしてから読んでも面白い。

確認しながら読めますし(^^)

 

では今回はこのへんで(^^)/~~~