日々読書メモ

大学で受けた授業をきっかけに太宰治を好きになりました。最近はもっぱら太宰です。自分が読んだ本の紹介(ネタバレ有)、感想、考察等書いてます。もちろん太宰以外でも書きますよ(^^)京都が好きなのでそれについても書いてます。

「パンドラの匣」を読んでみた

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パンドラの匣は高校2年生の時になんとなく本屋で手に取って冒頭だけ立ち読みした覚えがあります。その時は「ふーん、太宰治ってこんな感じのも書くねんなぁ」って思ったんですが、時を越えて(言っても3年くらいの話ですが…)改めてちゃんと読みました。

 

めちゃくちゃ良かったです。

多分好きな本ランキング上位3位に食い込むくらいめっちゃ良かったです。

 

これは「僕」こと「ひばり」の詩人の友人である「君」への手紙で話が進んでいく、所謂書簡形式小説です。

 

時代背景は日本が大東亜戦争に負け、アメリカ軍が日本をどうするのか、という不安が人々を覆っている時代。それと同時に、今までとは違う「新しい時代」に向かって人々が歩きだそうとする時代です。

この作品ではそれがわかる描写が多々あります。例えば、

 

僕は、まったく違う男になってしまった筈ではなかったか。僕は、あたらしい男になっていたのだ。自己嫌悪や、悔恨を感じないのは、いまでは僕にとって大きな喜びである。よい事だと思っている。僕には、いま、あたらしい男としての爽やかな自負があるのだ。

 

ここで出ている「新しい男」はこの小説を読む上で大切なキーワードになります。

 

あたらしい男は、おかずに不服を言わないものである。

 

あたらしい男は、さっぱりしているものだ。女のごたつきには興味が無いんだ。

 

僕には、あたらしい男としての誇りがあるんだ。

 

新しい男には、死生に関する感傷は無いんだ。

 

新しい男は、やっぱり黙って新造の船に身をゆだねて、そうして不思議に明るい船中の生活でも報告しているほうが、気が楽だ。

 

って具合に、めちゃくちゃ「新しい男」を強調します。

 

前述した通り時代的には不安とその中でも幽かな希望が渦巻く時代です。「パンドラの匣」というタイトルにちなんで何度も何度も、自分たちは新しい時代に向かって歩いていく「希望」を強調します。

 

小さく首肯いて、顔を挙げた。その顔が、よかった。断然、よかった。(中略)この気品は、何もかも綺麗にあきらめて捨てた人に特有のものである。マア坊も苦しみ抜いて、はじめて、すきとおるほど無慾な、あたらしい美しさを顕現できるような女になったのだ。これも、僕たちの仲間だ。新造の大きな船に身をゆだねて、無心に軽く天の潮路のままに進むのだ。幽かな「希望」の風が、頬を撫でる。

 

このマア坊というのは本作の女性キャラクターで、ひばりの意中の人(と言っていいのかはわからないが)なのですが、同時に、大戦後の強く生きる女性、参政権を得ることが出来、男女平等の時代に向かっていく女性の象徴的存在とも思いました。

そのマア坊も乗る新造の船。それは「新しい時代」に向かって微かな希望を感じながら進んでいくのです。

 

君、あたらしい時代は、たしかに来ている。(中略)この「かるみ」は、断じて軽薄と違うのである。慾と命を捨てなければ、この心境はわからない。くるしく努力して汗を出し切った後に来る一陣のその風だ。世界の大混乱の末の窮迫の空気から生れ出た、翼のすきとおるほどの身軽な鳥だ。これがわからぬ人は、永遠に歴史の流れから除外され、取残されてしまうだろう。ああ、あれも、これも、どんどん古くなって行く。君、理窟も何も無いのだ。すべてを失い、すべてを捨てた者の平安こそ、その「かるみ」だ。

 

少し話がズレるのですが、ここも凄いなと思ったところです。「かるみ」の大切さってのは今でも言えることで、時代が変わる中それに必死に抗い留まるのではなく、身を軽くして流れに任せる。新しい時代に進んでいく、と言うのは色んなビジネス書等を読んでても一貫して言われています。それは昔から変わってないことで、改めてとても大切なことだなと気づきかされました。

 

話を戻すと、散々主張してきた「新しい男」の看板をひばりは最後に下ろします。その理由はここから来ます。

 

献身とは、ただ、やたらに絶望的な感傷でわが身を殺す事では決してない。大違いである。献身とは、わが身を、最も華やかに永遠に生かす事である。(中略)今日ただいま、このままの姿で、いっさいを捧げたてまつるべきである。(中略)自分の姿を、いつわってはいけない。献身には猶予がゆるされない。人間の時々刻々が、献身でなければならぬ。(中略)聞きながら僕は、何度も赤面した。僕は今まで、自分を新しい男だ新しい男だと、少し宣伝しすぎたようだ。

 

って感じなんですが、つまりひばりは「新しい男」だと声を上げなくともそのままの偽りのない自分で充分希望に向かえると気付かされるのです。

そして、最後にこう締めます。

 

新しい男の看板は、この辺で、いさぎよく撤回しよう。僕の周囲は、もう、僕と同じくらいに明るくなっている。(中略)極めてあたりまえの歩調でまっすぐに歩いて行こう。この道は、どこへつづいているのか。それは、伸びて行く植物の蔓に聞いたほうがよい。蔓は答えるだろう。
「私はなんにも知りません。しかし、伸びて行く方向に陽が当るようです。」
さようなら。

 

この小説は当時の人たちに多くの希望を与えたのではないでしょうか。また、時を越えて今の私たちにも希望を与えてくれる、美しい物語となっています。最後は本当に少し涙を流してしまいました。今先の未来に不安を感じてる方に一番読んで欲しいとおもいます。