読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日々読書メモ

大学で受けた授業をきっかけに太宰治を好きになりました。最近はもっぱら太宰です。自分が読んだ本の紹介(ネタバレ有)、感想、考察等書いてます。もちろん太宰以外でも書きますよ(^^)京都が好きなのでそれについても書いてます。

「津軽」を読んでみた

f:id:yonnsann:20160906105300j:image

津軽読み終わりました〜!ちょっと時間かかったかな…。

 

内容は生まれ育った故郷である津軽について執筆するため津軽に帰ったときの話です。太宰の友人や家族、そして育ての親であるたけとの交流が描かれており、太宰の顔が見えた気がしました。

 

まず最初笑ったとこは、自分の作品の一部を抜き出して

 

 さすがの馬鹿の本場に於いても、これくらゐの馬鹿は少かつたかも知れない。書き写しながら作者自身、すこし憂鬱になつた。

 

(´・ω・`)ショボンヌってなってるのめっちゃ笑いました(笑)

 

また、奥さんとの会話で

 

正岡子規三十六、尾崎紅葉三十七、斎藤緑雨三十八、国木田独歩三十八、長塚節三十七、芥川龍之介三十六、嘉村礒多三十七。」

「それは、何の事なの?」
「あいつらの死んだとしさ。ばたばた死んでゐる。おれもそろそろ、そのとしだ。作家にとつて、これくらゐの年齢の時が、一ばん大事で、」

 

ってとこです。

 

いや、まぁ言いたいことはわかるけど、その歳になんかやったからって文豪になれるわけやないねんで(笑)

 

最終的に文豪になったからええけど(笑)

 

奥さんもちょっとポカーンとしてはるやん。

 

あと、最初の方で印象やったとこはあまりにも有名なここですね。

 

また別の専門科目があるのだ。世人は仮りにその科目を愛と呼んでゐる。

 

これ、「太宰治検定 津軽編」のサイトプチ検定で問題に出てました。

正解しましたよo(`・ω´・+o) ドヤァ…!

 

太宰自身も自分で言ってましたがやっぱりなんか気障ですよね。

 

厨二病〜!」って思いながらやっぱ太宰治が言うからどこかかっこいいんですよね。

 

笑えるけど。

 

あと津軽に向かう時めっちゃかっこつけてオシャレしたけど津軽の寒さを忘れてて。゚。゚寒(ノ)´Д'(ヾ)寒゚。゚。ってなってたのもめっちゃ笑いました。

 

こうみるとやっぱ太宰って面白い人やったんやなって思います。

 

楽しい人。

 

殆どこんな感じで結構楽しく進むんですが(途中津軽の歴史やらなんやらが入る)、最後の「五西海岸」は少し異色でした。

 

太宰は「思い出」でも語っていたのですが父に恐怖心を抱いています。そしてよくわからないとも。

 

人間失格」でもそれが出ていますよね。

 

お父さんは議員さんで地元の人から好かれていたみたいです。

しかし、太宰にとっては「よくわからなくて怖い人」という記憶しかなく、実際父はどんな人だったのか、父の故郷に確かめに行きます。

そして、父の生家を訪ねるのですが、

 

金木のいまの家は、私の父が金木へ養子に来て間もなく自身の設計で大改築したものだといふ話を聞いてゐるが、何の事は無い、父は金木へ来て自分の木造の生家と同じ間取りに作り直しただけの事なのだ。(中略)私はそんなつまらぬ一事を発見しただけでも、死んだ父の「人間」に触れたやうな気がして、このMさんのお家へ立寄つた甲斐があつたと思つた。

 

とここで太宰の父への見方が少し変わったのがなんだかこっちも嬉しかったです。

 

また、太宰は兄たちにもコンプレックスを抱いており、自分だけが出来損ないの人間だと思い込んでいました。いつも兄達の力を借りて生きていて、そんな自分が嫌で、今夜だけでも自分一人の力で酒を飲んでみようと試みるのですが、

 

かうして、津軽の端まで来ても、やつぱり兄たちの力の余波のおかげをかうむつてゐる。結局、私の自力では何一つ出来ないのだと自覚して、(中略)要するに、私がこの津軽領の南端の港で得たものは、自分の兄たちの勢力の範囲を知つたといふ事だけで、私は、ぼんやりまた汽車に乗つた。

 

と結局自分の無力さを感じてしまうこととなるのです。

 

そして、ここからがクライマックスで、太宰は「思い出」でも語られていた自身の育ての親であるたけに約三十年ぶりに会いに行きます。太宰のたけに対する思いは相当なもので、

 

私は、たけの子だ。女中の子だつて何だつてかまはない。私は大声で言へる。私は、たけの子だ。兄たちに軽蔑されたつていい。

 

というほど、たけを「母」として慕っていました。

 

そしてずっと会えなかったたけに早く会いたいと逸る心も抑えられず会いに行きます。

 

紆余曲折を経てやっとたけに会えた太宰は嬉しい気持ち、安堵する気持ち、様々な想いが混ざりその喜びようは文面からひしひしと伝わりました。

 

たけは多くを語らず太宰の横に座り、落ち着いた気品のある雰囲気を出していました。

 

しかし、しばらくして太宰と桜を見に行くと、急に人が変わったかのようにたけからいくつもいくつも会いたかったという想いが言葉になって堰を切ったように出てきました。

 

そこには先程の気品のある雰囲気は一切なく、この時太宰は気づいてしまうのです。

 

私はたけの、そのやうに強くて不遠慮な愛情のあらはし方に接して、ああ、私は、たけに似てゐるのだと思つた。きやうだい中で、私ひとり、粗野で、がらつぱちのところがあるのは、この悲しい育ての親の影響だつたといふ事に気附いた。私は、この時はじめて、私の育ちの本質をはつきり知らされた。私は断じて、上品な育ちの男ではない。だうりで、金持ちの子供らしくないところがあつた。

 

そして、太宰は自身を構成しているこの「津軽」の物語を、

 

私は虚飾を行はなかつた。読者をだましはしなかつた。さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行かう。絶望するな。では、失敬。

 

で終わらせます。

 

読了後はなんか前半と後半で結構雰囲気に差があって少しモヤっとした想いが残りました。

 

そして太宰の作品に共通する「家族」「酒」そして「どうしようもない自分」を見ることができた気がしましす。

 

こう考えると「人間失格」があんなに愛されてるのはやっぱり太宰自身が愛されてるって改めて言えるな〜って思いました。

 

これは多分何度も読み返す本になると思います。