日々読書メモ

大学で受けた授業をきっかけに太宰治を好きになりました。最近はもっぱら太宰です。自分が読んだ本の紹介(ネタバレ有)、感想、考察等書いてます。もちろん太宰以外でも書きますよ(^^)京都が好きなのでそれについても書いてます。

「東京八景」を読んでみた

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こんばんわ〜。昨日はちょっと忙しかったので更新できませんでした(--;)

 

 今日はですね、「東京八景」の感想を書こうと思うのですが、この作品は「おぉ…」って感じたとこが多かったし私が好きなタイプの話でした。

 

一つずつ紹介しますね。

 

 一つめは「三十男」です。

 

『陰火』の「誕生」にもありましたがなんか三十代に強い思いがあるのかな〜って感じました。

 

 というのも、最初の数ページは自分が上京してからの「青春時代」を語っていたのですが、

 

また私が、自分の肉体、情熱に尋ねてみても、悲しい哉それを否定できない。覚えて置くがよい。おまえは、もう青春を失ったのだ。もっともらしい顔の三十男である。東京八景。私はそれを、青春への訣別の辞として、誰にも媚びずに書きたかった。

 

 と、三十になった今青春は終わり振り返る時だと語っているんですよね。

 

さっき挙げた『陰火』の「誕生」でも「優秀である人間は二十五あたりで死ぬからな〜。俺もそんくらいしか生きられへんな〜」って言ってるとこあってでも最終的には妻が子供を産んでそん時にはもう三十過ぎてました。

みたいな感じの話なんですよね。

 

また津軽でも太宰が家を出ていく時に奥さんに色んな文豪の死んだ歳を言ってって奥さんが「?」ってなってたら「俺もそろそろ死ぬわ」って言ったり(ここめっちゃ笑った)。

 

 要するに太宰にとって三十代はもう老後的なもうすぐ死ぬわ的な感覚だったのかなと思います。

 

 次は「洋画家」です。

 

「ダスゲマイネ」人間失格でもそうですが「洋画家」というのも太宰的に何か思い入れがあるのかなって思います。

 

 「東京八景」の洋画家は友人として出てきます。

 

太宰はHという女性と付き合ってたのですが、二人の会話にこんなのがありました。

 

「もう薬は、やめるんだね」怒っている口調であった。

「僕は、これから信じないんだ」私は病院で覚えて来た唯一の事を言った。

「そう」現実家のHは、私の言葉を何か金銭的な意味に解したらしく、深く首肯いて、「人は、あてになりませんよ」

「おまえの事も信じないんだよ」

Hは気まずそうな顔をした。

 

っていうくだりの後二人は別れたんですが、結構あとに出てきた友人の「洋画家」のくだりで

 

ごく親しい友人であった。私は話を聞いて、窒息しそうになった。Hが既に、哀しい間違いを、していたのである。あの、不吉な病院から出た時、自動車の中で、私の何でも無い抽象的な放言に、ひどくどぎまぎしたHの様子がふっと思い出された。

 

ってのがいきなり投下されて「ええ?」ってなりました…。

 

つまりHは「洋画家」と過ちを犯してしまったんですね…。

 

流石に「うわ、キッツ〜」と思いました。

 

あと最後は「色々な発見があって楽しかった!」ってのがよかったとこですね~。

 

 ここからは引用した方が早いと思うので引用しまくります。

 

遺書を綴った。「思い出」百枚である。今では、この「思い出」が私の処女作という事になっている。自分の幼時からの悪を、飾らずに書いて置きたいと思ったのである。

 

また「思い出」についても書きたいと思いますが、ここを読んだ瞬間「うおー!そうやったんか!」ってなりました。

 

テンションめっちゃ上がった。

 

あと、

 

死に切れなかった。その「思い出」一篇だけでは、なんとしても、不満になって来たのである。どうせ、ここまで書いたのだ。全部を書いて置きたい。きょう迄の生活の全部を、ぶちまけてみたい。

 

って言って死ぬのグダグダ引き伸ばしにしてたんか〜ってのも思いました笑

 

「晩年」と書いた。その一聯の遺書の、銘題のつもりであった。もう、これで、おしまいだという意味なのである。

 

 この「晩年」は確か道化の華」「虚構の春」だったと思いますが(多分他にもある)どちらも面白かったです(^^)

 

 この二作品は太宰作品の中でも結構私的好きランキング上位に入るのでやっぱり命懸けて作った作品は強く印象に残るものなんやな〜って思いました。

 

こんどは、遺書として書くのではなかった。生きて行く為に、書いたのだ。(中略)「姥捨」という作品が出来た。Hと水上温泉へ死にに行った時の事を、正直に書いた。

 

 ここもびっくりしました。

 

太宰から「生きるため」って言葉が出るとは思ってなかったからです。

 

これ読んだら「姥捨」もはよ読みたいな〜って思います。

 

侘しい食事をしながら妻に言った。「僕は、こんな男だから出世も出来ないし、お金持にもならない。けれども、この家一つは何とかして守って行くつもりだ」その時に、ふと東京八景を思いついたのである。過去が、走馬燈のように胸の中で廻った。

 

 この箇所からはこの「東京八景」という作品は割と前向きな気持ちで書かれたってことがわかりますね〜。

 

また、次に

 

芸術になるのは、東京の風景ではなかった。風景の中の私であった。芸術が私を欺いたのか。私が芸術を欺いたのか。結論。芸術は、私である。

 

って言ってることから何か「強い意思」みたいなものを感じます。

 

なんやろ?この感じ。

 

 あと、一番「うおお!」ってなったとこは、お世話になった先輩作家と美術館に絵を鑑賞しにいったくだり。

 

私は一枚の画の前に立ちどまった。(中略)

「あまいね」と無心に言われた。

「だめです」私も、はっきり言った。

 Hの、あの洋画家の画であった。

 

 なんかちょっと感動というか、ほんのり明るい感じがしました。

 

 最後にこの作品の中で一番印象に残った一文を置いて締めたいと思います。

 

ここはある意味太宰とはどういう人間なのかが現れてるんじゃないんですかね。

 

 

人生の優しさに私は呆然とした。